王仁三郎が全国に残した足跡をたどってみましょう。



建勲神社 (京都 船岡山)

建勲(正式名称「たけいさお」、通称「けんくん」)神社は、明治2年に京都 船岡山に創建され神社。織田信長を祭っています。

王仁三郎も建勲神社主典として神職に奉仕していたことがあります。


王仁三郎直筆の教典(宣教用)
平和思想で一貫している
(明治33〜38年の作)

その当時、王仁三郎は大本の一層の発展のために、一時的に教団を離れて、諸宗教の教義と運営を実地に学ぶことにしました。

実際、明治39年に京都の皇典講究所分所に入学して神職の資格を得ます。そして翌明治40年5月には建勲神社主典となりました。

王仁三郎が建勲神社主典であったことは、同神社境内にある『大平和敬神の由来』に今でも記されています。


『大平和敬神の由来』(2024年撮影)
王仁三郎が建勲神社主典であったことが記されています。
(※画像をクリックすると拡大します)



建勲神社 狛犬と社殿 (2024年撮影)


建勲神社 社殿 (2024年撮影)


■関連サイト


鳩森(はとのもり)八幡神社(東京都渋谷区千駄ヶ谷)

人類愛善新聞社(かつて大本が経営していた新聞社)の近くにある八幡神社。ご祭神は応神天皇と神功皇后です。

人類愛善新聞社の社員は年に数回この神社に団体参拝しており、王仁三郎も何度か訪問しています。


鳩森八幡神社前 (2024年撮影。以下同じ)


鳩森八幡神社の境内案内図


鳩森八幡神社の社殿


鳩森八幡神社の境内にある「千駄ヶ谷の富士塚」


■関連サイト





御嶽教西部教庁(京都市伏見稲荷山)での王仁三郎(円内)と
大本信者たち(明治41年)。なお、王仁三郎は明治40年12月
に建勲神社主典の職を辞し、御嶽教西部教庁の主事となった。